「なるほど」とうなずいて、席を立った
新しいサービスの設計の途中で、知り合いの営業の実務家の方に、話を伺う機会がありました。
営業の現場では商談の件数が多すぎて、情報の入力が後回しになる。入力が追いつかないことが、本当の詰まりどころになっている、というお話です。

……なるほど。
私は深くうなずいていました。入力が追いつかないなら、入力を楽にすればいい。すっかり分かったつもりで、しっかり時間をかけて、入力しやすそうな画面を設計してお送りしました。
ところが、返ってきたのは「少し違うんです」という一言でした。入力が面倒なのではなく、商談が多すぎて、入力する時間そのものが取れない、という話でした。
まさか、耳に翻訳機が
もしかして私の耳には、聞いた話を自分の都合のいいように、自動で書き換える翻訳機が付いているのか!?

へっ?
……いえ、そんな高性能な耳は持っていません。書き換えていたのは耳ではなく、私の頭のほうでした。
なぜ、「なるほど」で分かったつもりになったのか
振り返ると、あのときの「なるほど」は、相手の話に納得した声ではありませんでした。自分の知っている形に、話がすっと収まった声だったのです。作る側の私には、「入力が大変」と聞けば、まず画面の話に聞こえてしまいます。しかも、分かったつもりになった私は、確かめもせずに、画面づくりへ突っ走っていました。

うぐっ
考え直して、移動中でもスマホの音声で入力できるようにする、というアイディアをお送りすると、今度は「まさに、私がお伝えしたことが解決できそうです」と返ってきました。
道案内の「分かりました」
これは、道案内に似ていると思います。道を教わって「分かりました」と歩き出し、二つ目の角で立ち止まったこと、ありますよね。その場で簡単な地図を描いて「この道で合っていますか」と見せれば、迷わずに済みます。
「分かった」と思った瞬間がいちばん危ないのは、確かめる気持ちがそこで消えてしまうからです。手間をかける前に、一度「こういう理解で合っていますか」と聞くだけで、遠回りはずいぶん減るのですね。
なるほどクセモノ説でした
「なるほど」と思った瞬間から、人は確かめずに走り出してしまう。 時間をかけて磨いた入力画面をそっとしまいながら、あの日いちばん自信を持ってうなずいた一言こそクセモノだったのかと、「なるほどクセモノ説」をかみしめるのでした。
ヒアリングは、聞いて終わりではありません。聞いて、描いて、確認して、直す。ここまでで一組です。みなさんも「なるほど」と思ったときほど、手を動かす前に、箱と矢印だけの簡単な図を一枚さらりと描いて、「私の理解はこうなのですが、合っていますでしょうか」と確かめてみてください。ずれていたときほど、早く気づけます。