ある日、帳簿に穴が見つかりました。
会社の会計データの自動連携が、数ヶ月前から止まっていたことが分かったのです。カードの明細が会計ソフトに取り込まれておらず、そのあいだ、帳簿には何も入っていませんでした。
今日は、この一件を順に書いてみたいと思います。派手な事故ではありません。けれども、私にとっては、派手な事故よりも考えさせられる出来事でした。
システムは、一度もエラーを出さなかった

発覚してまず驚いたのは、止まっていた期間の長さではありません。その間ずっと、システムが一度もエラーを出さなかった、ということです。
画面はいつも通りでした。連携は「登録済み」と表示され、警告は何も鳴りませんでした。もし途中で一度でもエラーが出ていれば、その場で気づけたはずです。けれども、静かに、正常な顔をしたまま止まっていたので、誰も気づけませんでした。
壊れるときに、音が鳴るとは限らない
当たり前のことのようですが、私はこのとき初めて、その意味を身体で理解した気がします。
わかりやすい失敗と、わかりにくい失敗

仕事の失敗には、わかりやすい失敗と、わかりにくい失敗があります。
わかりやすい失敗は、クレームが来たり、数字が急に落ちたり、警告が鳴ったりして、いやでも目に入ります。目に入るから、対処もできます。痛い思いはしますが、傷は浅いうちに手当てが始まります。
本当に怖いのは、表に出てこない失敗のほうです。何ごともなかったように毎日が過ぎていき、気づいたときには数ヶ月ぶんの穴が空いている。今回のことは、まさにそういう失敗でした。
そして、こうも思いました。「特に問題ないな」と思えるときこそ、実は一番、点検をサボりやすいときなのです。忙しい毎日のなかで、わざわざ「うまくいっているもの」を見にいくのは、面倒に感じます。問題が見えているところに手が向かうのは自然なことで、順調に見える場所は、いつも後回しになります。
同じ月、もう一つの「静かなズレ」があった

振り返ると、同じ月に、似た構造の出来事がもう一つありました。今度はシステムではなく、人と人のあいだの話です。
あるプロジェクトで、取引先から画面の設計図をいただくことになっていました。私たちは「まだ届いていない」という認識で、いつ来るのかを確認しようとしていました。ところが社内で状況を並べてみると、どうやら先方は、すでに渡したつもりでいるらしいと分かってきました。先方が共有してくれていた、生成AIで作られた動くデモ。あれが、従来の設計図の代わりだったのです。
ここで注目したいのは、どちらが正しいかではありません。この食い違いが、数週間、誰にも気づかれずに進行していたということです。双方とも自分の認識が正しいと思っているのですから、ズレていること自体に気づきようがありません。警告は、ここでも鳴りませんでした。
システムだけではなく、人と人のあいだも、静かに壊れるのです。
エラーを待たず、見にいく

では、どうすればよかったのか。
答えは案外シンプルでした。月のはじめに1分だけ、「先月ぶんが全部そろっているか」を自分の目で確かめる。それだけで、今回の穴は防げたはずです。
機械の通知を当てにしてはいけない、ということでもあります。通知は「異常を検知できた異常」しか教えてくれません。検知の仕組みそのものが止まったとき、通知は沈黙します。エラーが鳴るのを待つのではなく、順調に見えるときほど、こちらから定期的に見にいく。地味ですが、これが一番効くのだと思います。
これは会計の話だけではありません。お客様との関係も、社員の様子も、自社のサービスも、同じです。表向きは何も問題がなく、静かに回っているように見える。でも、その水面下で少しずつ何かがずれていることは、いくらでもあります。
明日の1分でできる点検

静かに壊れるものは、静かなうちに直すのが一番かんたんです。大きく崩れてから直すよりも、ずっと軽い労力で済みます。
もし今日の話に心当たりがあれば、明日の朝、1分だけ使ってみてください。確かめるのは、たとえばこの三つです。
- 毎月「自動で動いているはず」の処理は、先月ぶんが全部そろっているか
- 「渡した」「もらった」の認識は、課題リストと照合して確かめたか
- 順調に見えるお客様と、最後に言葉を交わしたのはいつか
私たちも今回の一件を教訓に、「順調に見えるものを、あえて定期的に見にいく日」を仕組みに変えているところです。エラーが教えてくれない失敗は、こちらから迎えにいくしかないのですから。
まとめ
- 壊れるとき、音が鳴るとは限らない
- 通知を当てにせず、見にいく
- 認識のズレも、音を立てない
- 静かなうちに直すのが、一番安い